’02.3.25

 私がちなの「痩せ」に気がついたのは、箱座りをしている背中が妙に尖って見えたから。寝ている隙をついて触ってみて、手に刺さる程にわかる背骨に愕然としてしまいました。それでも痩せて来たと言う事以外は、食欲も元気もまったく以前と変わるところがありませんでした。

 ちなの食欲は留まるところを知りません。相変わらず人間嫌いで、普段は近寄って来ない癖に、食べ物を欲しがる時と夜眠る時だけは私の近くに寄って来るのです。食欲と反比例するようにちなの身体は小さくなって行き、食欲が減らないのにだんだんと痩せる病気を、私は猫の病気について書かれている本で調べました。

 何冊かの本を調べて、私は素人判断ですがちなの病気が良くなる事はあっても、完治する事はない物だと確信しました。そのうえでちなを獣医さんに診せるかどうか、考えたのです。病気が治る物ならば、どんなに嫌がっても病院へ連れて行こう。でも治らない物ならば、ただでさえ人間嫌いのちなに知らない場所の知らない人に会わせる事がストレスになる、治る見込みがないのにストレスを与える事がちなにとってしあわせなのか、どうか。もちろんすぐには答えは出ませんでした。悩み考えて、眠れない夜も幾晩か過ごしました。そしてその結果、ちなの残りの日々を不安がなく、安心して最期を迎えられるようにしようと決めました。ちなが最期に満足の行く一生であったと思えたなら、それで良いと心に決めたのです。

 それから毎日、ちなの為に、ちなの好きな物を仕事帰りに買って帰るようになりました。ちなの好きな物は、まぐろのお刺身、カニカマ、カツオ生利、鳥のささみ、かつおぶし、煮干し、ちくわ。挙げれば切りがありませんが、とにかく毎日日替わりで好きな物を好きなだけ。特にカニカマは、欠かした事がありませんでした。ちなも私が仕事から帰ると、その手にぶら下がったスーパーの袋の中に、自分の好きな物が入っていると理解して、私(スーパーの袋)の後を追うようにもなりました。

 私にとってはちなが毎日好きな物を食べて、幸せそうにしているのを見るのが幸せでした。こんな形でしか幸せをあげられないことは悲しい事かも知れませんが、それでもちなと私にとってはとても幸せな日々だったのは確かなのです。また、たくさん食べてくれる事が、命の火がまだ消えない事を教えてくれているようにも思えていたのです。

 そして遂に恐れていた日が来てしまったのです。ある日の昼間、その日は仕事が休みだったので私は遅めのお昼御飯を食べていました。そのお昼御飯のおかずを欲しがったのを最後に、ちなの食欲は止まってしまったのです。夕方にカニカマをあげようとした時には、もうほんのちょっとしか口にしなくなってしまったのです。

 いつものようにちなの好きな物を目の前に出しても、ちなは匂いを嗅ぐだけで、口にしようとはしなくなりました。水分も取らないようになってしまって、2、3日のうちに歩く事も出来なくなってしまいました。その間も私は、お刺身を細かく切った物をちなの口に入れたり、少量でも栄養価の良いレバーを加工して食べさせたりもしました。それでも口を一文字に結んで、頑として食べ物を受け付けないので、本当に少量の食べ物と水分しか与える事は出来なかったのです。

 あっという間に自分で動く事も出来なくなってしまったちなは、それでも唯一動かせる目で、私の姿を追うようになったのです。私も極力、自宅にいる時間を増やし、仕事も無理を言って短時間で自宅に戻れるようにして、ちなの看病にあたりました。仕事に出る時は、戻る時間をちなに伝えて、「すぐに戻るから、それまでは待っててね」と言い含ませました。伝えた時間よりもちょっとでも遅くなってしまった場合、玄関を開けるのが恐く思えてしょうがありませんでした。そしてそんな日は、ちなは動けない身体を無理に動かして、玄関まで来て倒れている事もあったのです。

 ちなが亡くなる前の日に、あまりにもお天気が良かったのでちなを抱いてベランダへ出たのです。ベランダに降り注ぐ春の日ざしは暖かく、柔らかい風も吹いていました。もうほとんど骨と皮だけになってしまったちなは、そんな風の香りを嗅ぎ、鼻をクンクンさせていました。幾つか置いてあったプランターの一つにちなを座らせると、芽吹いて来ている花韮の葉の匂いも嗅ぎ、ちなは喉を鳴らしていました。座っていたちなの身体が、自分では支え切れなくて揺れた時に抱き上げたら、もう身体には水分も残っていないくらいだったのに、とても色の濃いおしっこを少しだけしていました。

 そして翌日の朝早くに、ちなの時間は止まりました。

 私には時間が止まる間ではとても悲しく辛く、涙が出ない日はありませんでしたが、時間が止まってしまった時は、これでちなが楽になれたのだと思って、悲しみはありませんでした。ちなにとっても満足の行く一生を送れたのではないかと思っています。

 これがわたしのHNになった「ちな」のお話です。今でも毎年のお彼岸、御盆のお墓参りは欠かしていません。そしてちなの看病中に妹に引き合わさせた野良の兄妹を、ちなの死後に引き取る事になり、それがめめとはんにゃんなのです。