’01.7.16
たまと言う猫は、私が初めて飼った猫です。私が小学2年生の時に、通学路で出会い、そのまま連れて帰って家族の一員に加わりました。飼われるように時のたまは子猫ではなく、小学2年生の女の子が抱きかかえるにはちょっと大きなサイズの猫でした。
たまが家族の一員に加わった当時は、父の仕事の都合で借家に住んでいました。母は娘がいきなり持ち帰った子猫ではない猫を見て、借家である事、また仕事の都合で転勤がある事を理由に、たまを飼う事を反対しました。それでも頑固な娘は、一度は反対される事に同意し、たまを元いた場所に戻しましたが、次の日にまた連れ帰り、結局飼う事を承諾させたのです。
今になって考えると子猫でもない猫が同じ場所に、同じような時間帯にいたのかはとても不思議な事だと思います。もしかしたらその場所の近くの家で飼われていた猫だったのかも知れません。野良にしては、簡単に人に懐き、家猫となった事を考えると、飼い猫だったたまを私が拉致して飼った事のほうが可能性が強いように思えます。それでもたまは飼う事になった日から、ちゃんと我が家の周辺で暮らす事に慣れて行き、我が物顔で出入りするようになったのです。
それまでは犬(シェパード)が家族だった事があっても、猫を飼うのは初めてでした。飼っていたシェパード犬は、とても大きな犬で庭で放し飼いをしていました。もちろん家の中に入れる事はありませんでしたから、家の中に動物がいる初めての体験に、幼い心が楽しさを覚えるのに時間は掛りませんでした。それまでは学校帰りにちょこちょこと寄り道をしていたのが、まっすぐ家に戻るようになり、時には友だちを従えて、得意気にたまを紹介していたのを覚えています。
たまを飼うようになって初めての春に、私達一家は父が自営業を始める為に、自宅がある都内へと引っ越す事になりました。もちろんたまも連れて行く事は、家族の誰もが疑問に思う事なく、それはたまが完全に我が家の一員になった証拠でもありました。引っ越しの当日、ちゃくちゃくと荷物が運ばれる中、外でトイレを済ませたたまを1部屋に閉じ込め、私達が出発するまで外出させないように見張っていたのを覚えています。そして荷物を見送り、父の運転する車にたまを抱いて乗り込み、2年間を過ごした家を後にしたのです。
猫のたまにとっては、ある日突然拉致されて、その飼われた先の一家の引っ越しによって住み慣れた地域を離れる事は、思っても見なかった事だと思います。ある意味、波乱万丈の猫人生だったと思います。それでも途中一泊した静岡の祖母の家でも、たまはわりと落ち着いた一晩を過ごし、翌日には住み慣れた風景とは全く違う場所へ到着したのです。
良く「犬は人に付く、猫は家に付く」と言われますが、母がこの言葉を心配して、新しい家に着いて数日の間はたまの外出禁止令が布かれました。それでもトイレの際は庭に連れ出したりしていたので、たまが家を留守にするようになるには時間は掛りませんでした。幸いにも自宅前は畑でしたし、すぐ近くには大きな松の木がある神社があり、車の通りの少ない環境はたまにとっても決して悪い物ではなかったと思います。
ある晩、猫の喧嘩する声が聞こえて、帰って来たたまを見ると耳が齧られて、怪我をしていました。そんな傷を負いながらもたまの外出は減る事がありませんでした。外出から戻り、御飯を食べてまた外へ出る。そんな日々が続いていましたし、時には1晩、外で過ごして朝帰りをすることもありました。そしてある日、ふっつりとたまは戻ってくる事がなくなってしまったのです。引っ越しをして約2ヶ月後の事でした。
たまは雄猫で、未去勢の猫だったので、もしかしたらどこかに可愛い恋人が出来たのかも知れません。猫に対しての知識をほとんど持たない頃だったので、私達にはたまの帰りを待つ事しか出来ませんでした。そしてたまが帰らなくなった2ヶ月後に、我が家ではチーコを家族に迎えるようになるのです。
振り返って考えてみると、たまはあくまでも「猫」として私達に接してくれ、私もたまの心の内側まで見る事もなく、1個の「猫」としてたまを見ていた様に思います。でもそんなたまが居てくれたからこそ、その後の猫に彩られる時間があるのだと思います。